黝い太陽の雫

気分気侭のブログ

察しが悪い

タイトルの通り、自分は察しが悪い。

此処では便宜上イニシャルにするが、Mと関わりがあった時期、色んな事情で実際に会う事を躊躇して居た時期があった。
無論、会いたいか如何かと訊かれれば本当は会いたかった。
そんな時、Mと喧嘩した。
如何すれば機嫌を直してくれるのか分からず、昔からの癖で頭でぐるぐると考え出した。
すると相手は「考えるんじゃなく行動しろ」と言って来た。
今度はその「行動しろ」をイコール「会ってくれ」と捉えた私は、会いたいが会えない、それを如何に伝えるべきかを考え始めた。
が、少し抱き締めてやるだけで実は落ち着くし寝かし付ける事が出来るとようやく理解するまで実に5、6回は怒られ続けたし、「何故分かってくれないのか」とまで言われてしまう始末であった。
此の子とは別れたり引っ付いたりを繰り返しながら何やかんやで1年続いたが、その間に如何したら察してやれるか、見る角度を変えたりして何度も何度も試した。
此の時期が一番、劣等感も自己嫌悪も今と比べて大きかった気がする。

その後出逢いがあったTにも「鈍感なんじゃなく馬鹿」とまで言われる有様だ。

つまり、何も実を結んでなどいなかったのだ。

その後、一番最初に書いた子が、当時の私が興味を示しそうなお面を被って近付いて来た。
目的は復讐以外に他ならなかった。
まぁ、私がした事を考えれば至極当然とも思えるが。
まんまとそのお面に釣られた私は自分の縁者へ招き入れてしまった。
その本当の正体と目的を露知らず。
1年も続いた筈なのに、何も分からなかったどころか信頼して、出会ってから縁が斬れるまでとうとう言わなかった事まで喋ってしまったらしい。
今思えば、1年も一緒に居た相手だったからこそ信頼出来たのかもしれない。

また、Rは私が察する事が出来ない事を知らずしてか、それとも知った後だったか記憶は定かではないが、嫉妬心と独占欲、束縛心から来る気持ちを言葉に出して素直には言えないから、天邪鬼な態度を取る事で逆に察して貰おうとして居た。
所までは分かった。
が、何を察して欲しがって居るのかまでが分からず、相変わらず私は自分の手元にある手札を焦って次々と引っくり返していった。
が、結局、「分からないならもう良い、此方が全部我慢すれば良い事だから」と話して貰えなかった。
嗚呼、まただと思った。
何故察して貰える事が前提で動く者達ばかり周囲に居るのか、というぶつけようの無い気持ち反面、察してやれない自分への劣等感と自己嫌悪が毎日少しずつというペースで堆積し始めるのも此の頃だった。

何だか尻切れトンボだが、此れにて御粗末。